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osho tarot

osho transformation tarot

Disciplehood

Disciplehood


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Disciplehood / 弟子であること

The Many Teaches of Hassan

ハサーンのたくさんの導師(マスター)




commentary(解説)…

あなたの生のあらゆる状況があなたに教えてくれるのを許しましょう。




osho…

私(osho)には導師(マスター)がいなかったというのは真実だ。

だが、それは私が弟子ではなかったという意味ではない。

私は全ての存在を導師(マスター)として受け入れた。全ての存在をあなたの導師(マスター)として受け入れることは少し勇気が必要だ。


もしあなたがただ1人の人をあなたの導師(マスター)として受け入れることができないならば、どうやって全ての存在をあなたの導師(マスター)として受け入れることができるだろう…木や岩や、川や雲を?

もしあなたが1人の人間を愛することができなくて、どうやって全体を愛することができるだろうか?

私に導師(マスター)がいなかったことは真実だが、私が弟子ではなかっという意味ではない。

私の弟子としてのあり方はあなたの弟子としてのあり方よりも偉大なかかわり方だった。

私は雲を信頼した…それは1番難しかった。
私は木を信頼した…それはほとんど不可能だった。
私はそのように存在を信頼した。

もしそれが可能ならば、あなたには特定の導師(マスター)は必要ではない、なぜならば、全てがあなたの導師(マスター)だからだ。



スーフィーの偉大な神秘家、ハサーンが死のうとしていたとき、ある人がたずねた。

「ハサーン、あなたの導師(マスター)は誰だったのですか?」

彼は言った。

「さて、それを尋ねるにはもう遅すぎる。私は死のうとしているのだから、時間があまりない。」

しかし、たずね人は尋ねた。

「名前をあげるだけの簡単なことはできます。あなたはまだ生きていて、息をしていて、話をしていますから、名前を私に話すだけならできます。」

彼は言った。

「それは難しいだろう…なぜなら、私には何千人もの導師(マスター)がいた。彼らの名前をあげるだけでも何か月、何年もかかる だろう。そうするにはもう遅すぎる。だが三人のマスターについてははっきりと話しておこう。」

「ひとりは泥棒だった。

昔、私は砂漠で道に迷った。そしてある村に着いた頃には夜も非常に更けていた。夜の半分はすでに過ぎ去り、店や宿などすべてが閉ざされていた。道には誰1人もいなかった。私は尋ねる人を探した。だが最後になって、私は家の壁に穴を開けようとしているひとりの男を見つけた。私は彼にどこか泊まれるところはないかとたずねた。彼は言った。

『私は泥棒だ、そしてあなたはスーフィーの神秘家のようだが。』」

彼のローブと彼のオーラがそれを表していた。

「そして、泥棒は言った。

『夜もこんな時間では宿泊先をみつけるのは難しいだろう。だが私の家には来れる。私と一緒に泊まれる、もし君が泥棒と一緒に泊まれればの話だが。』

ハサーンは言った。

「私は少しためらった。それから私は思い出した。もし泥棒がスーフィーを恐れないのならば、なぜスーフィーが泥棒を恐れなくてはならないのか?つまり、彼は私を恐れてもいいはずだ。だから私は言った、

『いいとも、行こう。』

そして私は行った、泥棒と一緒に泊まった。
その男はとても愛らしくとても美しかった。私は1ヶ月間滞在した!
そして毎夜彼は私にこう言うのだった。

『さて、私は仕事に行ってくる。君はゆっくり休んだり、祈ったり、君の仕事をしていてくれたまえ。』

彼が帰ってくると、私はたずねたものだ。

『なにかとれたかい?』

 彼は言った。

『今夜はだめだった。だが、明日またがんばってみる。』

彼はけっして絶望しなかった。

「1ヶ月間続けて彼は空っぽの手で帰ってきた、しかし、彼はいつも幸せだった。そして彼は言った。

『明日またがんばるよ。神の意のままに、明日それは起こるよ。そして君もまた祈ってくれている。君だけでも神に言える「この貧しい男に助けを」』

それからハサーンは言った、

「瞑想をしていたとき、
何年も終わることなく瞑想し、
なにも起こらなかったときは…
とても絶望し、とても希望を失う瞬間が何度もやってきたときには、この意味のない全てのことをやめようと思った。

神はいない、
すべての祈る人はただの狂気だ、
全てのこの瞑想は間違っている…

そして、突然、私はあの泥棒を思い出した。
あの泥棒は毎夜こう言っていた、

『神の意のままに、明日それは起こるよ。』

だから、私はもう1日がんばった。
もし、あの泥棒がとても希望に満ちて、そのような希望と信頼とあるならば、私は最低あともう1日がんばれるはずだ。

そして、それは何度も起こったが、あの泥棒と彼との記憶が私をもう1日待つよう助けたのだ。

そして、ある日、それは起こった、その出来事は起こったのだ!

私はおじぎをした。私は遠く離れた場所にいるあの泥棒に彼の家の方向に向かっておじぎをした。彼は私の最初の導師(マスター)だった。」


「そして、私の二番目の導師(マスター)は犬だった。

私は喉が渇いていたので河へ行くところだった。すると犬がやってきた。彼も喉が渇いていた。

彼は河のなかをのぞきこみ、そこにもう一匹の犬--彼自身の姿--を見て恐くなった。彼は吠えた、すると河に映った犬も吠えた。彼はとても喉が渇いていたがたじろいで後ろに下がった。

彼は再びやってきて、河の中をのぞきこんで、その犬を見つけた。しかし、喉がとても渇いていたので突然河の中に飛び込んだ、すると、もう一匹の犬の姿が消え去った。

彼は水を飲み、水の中にどっぷりつかった…それは暑い夏だった。

私はそれを見ていた。私はそのメッセージが神から来たのを知った。

人はあらゆる悪意のある恐れの中にもジャンプしなければならない、と…。

未知の中に飛び込む寸前にいるときは同じような恐れがある。ふちのぎりぎりまで行って、ためらい、戻る。

すると、私はその犬を思い出す。

もし、犬にできるのならば、なぜ私にできないか?

そしてある日、私は未知の中へとジャンプした。

私は消えた。
そして、ただ未知なるものを後にした。

その犬が私の二番目の導師(マスター)だ。」


「そして、三番目の導師(マスター)は幼い子供だった。

私がある町に入って行くと、子供が火のついた蝋燭を運んでいた。彼はその蝋燭を手で覆いながらモスクに蝋燭を置きに行く途中だった。ちょっとからかうつもりで私はその少年にたずねた。

『自分でその蝋燭に火をつけたのかい?』

彼は言った。

『そうです、おじさん。』

 そこで私は冗談まじりにたずねた。

『その蝋燭の火がどこからやって来たのか話すことはできるかい?

その蝋燭に火のついていない瞬間があって、その蝋燭に火のついている瞬間があった、

その火がやってきた源を見せることはできるかい?

君はその蝋燭の火を持っている、だから、その光がやってきたのを見たはずだ、どこからやってきたのかを?』

するその少年は笑って蝋燭の火を吹き消し、こう言った、

『さあ、あなたは火が消えるのを見たでしょう、それはどこに行ったのでしょうか?言っ てください!』

私のエゴはこなごなになった。
私の全知識がこなごなになった。

そしてその瞬間に私は自分の愚かさを感じた。

それ以来、私は自分の知りたがりをすべて落とした。」


ハサーンは3人の導師(マスター)について話した。そして彼は言った、

「私にはたくさんの導師(マスター)がいた、全ての導師たちについて話す時間はもう残ってはいない。」



そうだ、私(osho)には導師(マスター)がいなかったというのは真実だ、なぜなら、私にはたくさんの導師(マスター)がいたからだ。私は可能な全ての源から学んだ。

もし、あなたがそのような弟子であるのならば、あなたには導師(マスター)は必要はない。

しかし、覚えておきなさい。

それはあなたには導師(マスター)がいないというのではない。

あなたが1人の導師(マスター)を選ぼうが、
全ての導師(マスター)を選ぼうが、
どのようなケースであれ、
あなたは弟子にならなくてはならない。

道において、弟子であるということは必然だ。


弟子であるとはどういう意味だろう?

それは、学ぶことができるということだ。

学ぶことが可能であるということだ。

存在からの影響を受け入れることができるということだ。


導師(マスター)を選んだら実際にはなにが起こるのだろうか?

あなたは、どうやって学ぶか、ということを学びはじめる。


そして、導師(マスター)と一緒にいると、
少しづつ、少しづつ、あなたは調子があってくる。
少しづつ、少しづつ、あなたは全ての存在と調子を合わせることができる同じポイントが見えるようになる。

導師(マスター)とは、全体のミニチュアだ。

導師(マスター)に近づくと、
あなたは至高の至福に、親密に、愛に、親交に、参加に、かかわりあいに、なりはじめることに気づく。

そして、少しづつ、少しづつ、ただ1人の人に近づくことが途方もない喜びであることのポイントを見るだろう、全体に近づくときもっとそうであるということを知るだろう。

導師(マスター)はただの始まりだ、
導師(マスター)は終わりではない。

導師(マスター)がドアであることは真実だ、
導師(マスター)を通してあなたは超越していく。

真実の導師(マスター)はあなたの超越を助ける。

泳ぐことを学ぶとき、
あなたは海に直接行ったりはしない、
あなたは深い水の中に行ったりはしない、
あなたは浅い水の中で、土手の近くで、
またはスイミングプールの中で学びはじめる。

導師(マスター)はスイミングプールのようだ、そこであなたは泳ぎ方を学ぶことができる。

1度学んだら、全ての海はあなたのものだ、それからあなたはどこにでも行くことができる。

すると、この全ての存在があなたに属する。

しかし、あなたはいなくなる。
だから、あなたが全ての存在に属すると言うほうがいいだろう。

あなたが光明 enlightenment を所有しているのではなく、
光明 enlightenment があなたを所有している。



Disciplehood



osho…

That is true, I - osho - had no Master. 

That does not mean that I was not a disciple. 

I accepted the whole existence as my Master. It needs more courage to accept the whole existence as your Master. 

If you cannot accept even a single man as your Master, how can you accept the whole existence as your Master – the trees and rocks and the rivers and the clouds? 

If you cannot love a single human being, how can you love the whole? 

It is true I had no Master, but that does not mean that I was not a disciple. 

My disciplehood was a greater involvement than your disciplehood is. 

I trusted the clouds – which is very difficult. 
I trusted the trees – which is almost impossible. 
I trusted existence as such. 

If that is possible then you need not have any Master in particular, because then everything is your Master.



When a great Sufi mystic, Hassan, was dying, somebody asked, 

’Hassan, who was your Master?’

He said, 

’Now it is too late to ask. Time is short, I am dying.’ 

But the inquirer asked, 

’You can simply say the name. You are still alive, you are still breathing and talking, you can simply tell me the name.’

He said, 

’It will be difficult because I had thousands of Masters. If I just relate their names it will take months and years. It is too late. But three Masters I will certainly tell you about.


’One was a thief. 

Once I got lost in the desert, and when I reached the village it was very late. Half the night was already gone; shops were closed, caravanserais were closed. There was not a single human being on the roads. I searched for somebody to inquire of. I found one man who was trying to make a hole in the wall of a house. I asked him where I could stay, and he said, 

”I am a thief, and you look like a Sufi mystic to me.”’ 

His robe, his aura. 

’And the thief said, 

”Right now it will be very difficult to find any place to stay, but you can come to my home. You can stay with me – if you can stay with a thief.” ’

Hassan said, 

’I hesitated a little bit. Then I remembered. If the thief is not afraid of a Sufi, then why should the Sufi be afraid of a thief? In fact, he should be afraid of me. So I said, 

”Yes, I will come.” 

And I went, and I stayed with the thief. And the man was so lovely, so beautiful, I stayed for one month! And each night he would say to me

”Now I am going to my work. You rest, you pray, you do your work.” 

And when he would come back I would ask, 

”Could you get anything?” 

He said, 

”Not tonight. But tomorrow I will try again.” 

And he was never in a state of hopelessness.

’For one month continuously he came empty-handed, but he was always happy. And he said, 

”I will try tomorrow. God willing, tomorrow it is going to happen. And you also pray for me. At least you can say to God, ’Help this poor man.’”

And then Hassan said, 

’When I was meditating and meditating for years on end, nothing was happening, and many times the moment came when I was so desperate, so hopeless that I thought to stop all this nonsense. 

There is no God, and all this prayer is just madness, all this meditation is false – and suddenly I would remember the thief who would say every night, 

”God willing, tomorrow it is going to happen.”

’So I tried one day more. If the thief was so hopeful, with such hope and trust, I should try at least one day more. And many times it happened, but the thief and the memory of him helped me to wait one day more. 

And one day, it happened, it DID happen! 

I bowed down. I was thousands of miles away from the thief and his house, but I bowed down in his direction. 
He was my first Master.


’And my second Master was a dog. 

I was thirsty and I was going towards the river, and a dog came. He was also thirsty. 

He looked into the river, he saw another dog there – his own image – and became afraid. He barked and the other dog barked, too. But his thirst was so much that he would hesitate and go back. 

He would come again and look into the water and find the dog there. But the thirst was so much that he suddenly jumped into the water, and the image disappeared. 

He drank the water, he swam in the water – it was a hot summer. 

And I was watching. I knew that a message had come to me from God. 

One has to jump in spite of all fears.

’When I was on the verge of jumping into the unknown, the same fear was there. I would go to the very edge, hesitate, and come back. And I would remember the dog. If the dog could manage, why not I? 

And then one day I jumped into the unknown. 

I disappeared and only the unknown was left behind. 
The dog was my second Master.


’And the third Master was a small child. 

I entered into a town and a small child was bringing a candle, a lit candle, hiding it in his hands and going to the mosque to put the candle there. Just joking, I asked the boy, 

”Have you lit the candle yourself?” 

He said, 

”Yes, sir.” 

And I asked, jokingly, 

”Can you tell me from where the light came? 

There was a moment when the candle was unlit, then there was a moment when the candle was lit, can you show me the source from which the light came? 

And you have lit it, so you must have seen the light coming – from where?” 

And the boy laughed and blew out the candle, and said, 

”Now you have seen the light going, where has it gone? You tell me!”

And my ego was shattered, and my whole knowledge was shattered. 

And that moment I felt my own stupidity. Since then I dropped all knowledgeability.’


Hassan talked about three Masters. And he said, 

’There have been many, and no time is left for me to talk about them all.’



Yes, this is true, I - osho - had no Master because I had millions of Masters. I have learnt from every possible source.

If you can be that kind of disciple you need not have a Master. 

But remember, it is not that you do not have a Master. Either you choose one or you choose all, but in any case you have to be a disciple.

To be a disciple is a must on the path. 


What does it mean to be a disciple? 

It means to be able to learn, to be available to learn, to be vulnerable to existence. 


What actually happens when you choose a Master? 

You start learning how to learn. 
And with one Master, slowly slowly you get in tune, and slowly slowly you see the point that in the same way you can get in tune with the whole existence.

The Master is just a miniature of the whole. 

Coming closer to the Master you start becoming aware of the beatitude, of closeness, of love, of intimacy, of involvement, of commitment. 

And slowly slowly you see the point that if just being so close to one single person can be such a tremendous joy, how much more it will be when you are close to the whole. 

The Master is just the beginning, 
the Master is not the end. 

And the true Master is only a door – through him you pass and go beyond. 

The true Master helps you to go beyond him.


When you go to learn how to swim you don’t go directly to the ocean, you don’t go to deep waters, you learn in shallow water near the bank or you learn in a swimming pool.

The Master is like a swimming pool where you can learn how to swim. 

Once you have learned, all the oceans are yours, then you can go anywhere. Then this whole existence belongs to you. 

But you are no more there. In fact, it will be better to say you belong to the whole existence – not that you possess enlightenment, enlightenment possesses you.




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oshoの講話より

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osho transformation タロットより

The Secret of Secrets, Vol 1

Talks on the Secret of the Golden Flower

Talks given from 11/08/78 am to 26/08/78 am English Discourse series

CHAPTER6. BORN WITH JOY

16 August 1978 am in Buddha Hall

英語のダウンロードpdfはこちら。





sammasatiサマサティ(right remembrance)
正しく想起する。


『The last word of Buddha was, sammasati. 

Remember that you are a buddha – sammasati.』


瞑想と愛 meditation & love




beloved osho
prem mashal

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